亀山社中 記念館 … 坂本龍馬らが結成した日本最初の商社

2021年10月5日

亀山社中 記念館

勝海舟による「 神戸海軍操練所 」の解散から、坂本龍馬らが「 亀山社中 」を結成。 日本初の商社でありながら、薩長をつなぐ架け橋として 新時代幕開けの足がかりをつくりました。 さらに、亀山社中から発展した「 海援隊 」は、多岐にわたる活動のほか 学ぶ集団でもあり、のちに活躍する陸奥宗光など多くの人材を生むことになります。

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「 亀山社中 」とは

「 亀山社中 」の起こり

1863年、江戸幕府は軍艦奉行であった勝海舟の建言を受けて、神戸に「 神戸海軍操練所 」を設置します。 海軍士官養成機関であり、また、兵器の開発や製造をする海軍工廠( かいぐんこうしょう )でもありました。 このとき、勝海舟の私塾に入門していた坂本龍馬ら土佐藩脱藩の浪士たちも、開設に奔走しています。

翌1864年2月に竣工しますが、「 八月十八日の政変 」により失脚した長州藩が 京都で衝突を起こします。 これは「 禁門の変( 蛤御門の変、元治の変とも ) 」と呼ばれ、その責を問われた勝海舟は海軍奉行の職を解かれ、1865年には「 神戸海軍操練所 」は閉鎖されることになります。

そこで、薩摩藩が坂本龍馬ら勝海舟の門下生の庇護をすることとなり、薩摩藩や長崎の小曽根乾堂( こぞねけんどう )らの援助のもとに「亀山社中」が結成されました。 最初に拠点とした地である「 亀山 」、仲間や結社を意味する「 社中 」から、「亀山社中」と呼ばれたということです。

【 亀山社中の名称について 】
「亀山社中」の名称の由来は、この地の「 亀山 」という地名です。付近には「 亀山通り 」や「 亀山焼窯跡石碑 」などの名称が今も残ります。
 一方で、坂本龍馬は、明智左馬之助( 明智光秀の娘婿で、のちの明智秀満 )の末裔であるという説があります。 その説によると、左馬之助は土佐に移り住み、光秀の居城であった「 坂本城 」のあった坂本の地から名字を取ったということです。 さらに、坂本龍馬も明智光秀も家紋が桔梗であることなどの共通点もあることなどから説は広まり、「亀山社中」の名称も明智光秀の治めた地の「 亀山城 」が関係しているのではと言われることもあります。
 この説は、間違っているとは言い切れませんが、裏付けるような資料がないことから、偶然の一致によるものと考えるのが無難かもしれません。

「 亀山社中 」の功績

「亀山社中」は貿易や仲介、運搬などで利益を上げる「 商社 」としての一面を持ちながら、「 海軍 」や「 航海術の習得 」も行われ、また、国事にも関わります。 さらに、倒幕のために、当時は相容れることのなかった薩摩藩と長州藩の和解も目的の一つとしていました。

そのころ、幕府に警戒されていた長州藩は、幕府から国外との武器弾薬類の取り引きを禁じられており 近代兵器の入手が困難になっていました。 そこで、坂本龍馬は薩摩藩名義で購入した兵器を長州藩に「 転売 」する策を提案します。

この案が受け入れられ、亀山社中は 薩摩藩名義で長崎の「 グラバー商会 」から大量の銃を買い付け斡旋に成功すると、さらに、イギリス製蒸気軍艦「 ユニオン号 」の購入にも成功、長州藩から運航を委ねられることになりました。

薩長の関係が修復する中、1866年1月、ついに薩長同盟が締結されます。 すると、6月には幕府が「 第二次長州征伐 」として大兵力を送り込みますが、「 ユニオン号 」を始めとする長州藩の新兵器の前に 苦戦を強いられます。 そして、7月20日に 第14代将軍徳川家茂が亡くなると、これを理由に停戦へと向かいました。

亀山社中から「 海援隊 」へ

このころ軍備強化を急いでいた土佐藩は、航海と通商に長けており 薩長とも親しい坂本龍馬に目をつけました。 そして、坂本龍馬と後藤象二郎の会談の結果、龍馬ら脱藩を赦免し「亀山社中」は土佐藩の外郭団体となることが決まります。

このとき、亀山社中は海から土佐藩を援護するという意味と言われる「 海援隊 」と改称、坂本龍馬が隊長となりました。 海援隊には、土佐藩出身者に限らず、のちに政治家として外交などで活躍する陸奥陽之助( のちの陸奥宗光 )など他藩出身者もおり、50名程度で構成されていたと言われています。

こののち、坂本龍馬は「 船中八策 」と呼ばれる政治綱領を起草するなど「 大政奉還 」でも一翼を担いました。 しかし、1867年12月、坂本龍馬は 中岡慎太郎とともに京都の近江屋で刺客に暗殺されると( 近江屋事件 )、ほどなくして「 海援隊 」も解散となりました。

船中八策

幕末期に坂本竜馬がまとめた8ヵ条の新しい国家構想。
この国家構想は,竜馬が1867年 ( 慶応3 ) 6月9日長崎を出発して上京する途中,船中にて同乗の後藤象二郎に示したものであって,内容的には「 大政奉還 」「 公議政体 」「 法典制定 」「 海軍拡張 」「 親兵設置 」「 幣制改革 」など,集権的な統一国家を構想するものであった。とくに大政奉還による朝廷への権力集中と上下議政局 ( 上院下院を意味する ) の設置による議会政治実現の構想は,従来からなかったわけではないが,武力討幕がようやく現実の問題となりはじめたこの時期において,武力討幕論にとっても新しい国家構想として大義名分をあたえることになり,武力討幕に同調できない勢力にも新しい方針として受けいれられた。

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亀山社中 記念館

概要

亀山社中記念館 」は、1865年に 坂本龍馬らによって結成された「亀山社中」の跡について、長崎市が整備し記念館としたものです。 2009年 8月 1日から公開が始まりました。

建物は、10畳、8畳、3畳の部屋と土間があり、3畳の部屋と土間の上方には 大人数人が潜むことができる広さの中二階があります。

なお、名誉館長は大の龍馬ファンで知られる 武田鉄矢さん、現在も「 海援隊 」というグループ名での活動もされています。 ちなみに、さだまさしさんのバックバンドは「亀山社中」という名前でした。 さだまさしさんは、亀山社中跡から徒歩すぐの伊良林小学校に通っていたそうです。

さらに、芸能界の話でいうと、大河ドラマ『 龍馬伝 』で坂本龍馬役を演じた福山雅治さんも長崎出身です。「 亀山社中記念館 」から南東へ1.2kmほどのところにあるチャンポン屋さん「 思案橋ラーメン 」は、福山雅治の行きつけだそうですね。

展示品

手前の10畳の部屋で目に入るのが、坂本龍馬の「 紋服 」と「 ブーツ 」です。いずれも複製品ではありますが、「 紋服 」は坂本龍馬の「 組あい角の桔梗紋 」が見られます。 また、この写真の左手には「 刀 」の複製品も展示されていますよ。

亀山社中 記念館
「 紋服 」「 ブーツ 」

次の8畳の部屋には、坂本龍馬の書簡や写真などが展示されています。 さらに、資料や写真などは、後述の「 亀山社中資料展示場 」に多数展示されています。

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周辺の縁の地

「 龍馬のぶーつ像 」

日本で最初に「 ブーツ 」を履いたとされる坂本龍馬。「 亀山社中記念館 」のすぐ前に大きなブーツの像があります。 見晴らしのよい場所です。

亀山社中 龍馬のぶーつ像
「 龍馬のぶーつ像 」

「 亀山社中 資料展示場 」

「 亀山社中記念館 」から西に 2,3分のところに「 亀山社中資料展示場 」があります。 所狭しと写真や資料が並んでいる必見の場所です。 Google Mapでは「 亀山社中ば活かす会 」となっている場所のことです。

亀山社中 資料展示場
「 亀山社中資料展示場 」

「 坂本龍馬之像 」

「 亀山社中記念館 」から南へ登っていくと「 風頭公園 」があり、その公園内を南東方向にさらに登ると、悠然と長崎の町並みや海を見つめる「 坂本龍馬之像 」が目に飛び込んできます。

台座が1.5m、龍馬の像は3.2mです。 高知県の桂浜にある「 坂本龍馬像 」の台座8.2m、龍馬像5.3mには及びませんが、かなり大きな像です。

坂本龍馬之像
「 坂本龍馬之像 」

司馬遼太郎『 竜馬がゆく 』文学碑

「 坂本龍馬之像 」の目の前には「 司馬遼太郎 『 竜馬がゆく 』文学碑 」があります。 次の写真の右手に文学碑、向こうに見える景色は「 坂本龍馬之像 」の視線の先の景色です。

司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑
司馬遼太郎「 竜馬がゆく 」文学碑

エ ル セ ー ヌ

案内

入館案内

開館時間

9:00 – 17:00( 年中無休 )

入館料

一般 300円、高校生 200円、小中学生 150円

アクセス

〒850-0802 長崎県長崎市伊良林2丁目7番24号

公共交通機関で

長崎電気鉄道 / 新大工町駅 徒歩約10分
長崎電気鉄道 / 市民会館駅 徒歩約13分

長崎バス / 風頭山バス停 徒歩約11分
県営バス / 風頭町バス停 徒歩約12分

* 駅やバス停からの地図 → PDF

車で

長崎自動車道 / 長崎芒塚IC 約12分( 諫早、佐賀方面から )

* 専用駐車場はありません。 付近は道が狭く、一般駐車場が少なくなっています。

地図

世界一よくわかる坂本龍馬 ( 祥伝社黄金文庫 )

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