長崎原爆資料館 … 被害や経緯を伝え「平和を考える」施設

2021年10月5日

長崎原爆資料館

1945年8月9日に長崎に投下された原子爆弾「 ファットマン 」。 その被害の悲惨さや経緯などを伝え、平和について考える施設として「 長崎原爆資料館 」が建てられています。 原爆の被害を目のあたりにできる実物や模型のほか、原子爆弾そのものの威力や影響を知ることができる施設です。

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長崎市への原爆投下について

原爆投下とその被害

原爆投下当日

1945年 8月 9日の11時 2分、アメリカ軍の爆撃機B-29「 グレートアーティスト 」が 長崎市に原子爆弾「 ファットマン 」を投下しました。

しかし、当日の第一目標は「 小倉 」、 第二目標が「 長崎 」となっていました。 実際に、B-29「 グレートアーティスト 」は 10時前には投下目標の「 小倉陸軍造兵廠( こくらりくぐんぞうへいしょう )」の上空に到達します。 しかし、煙で視界が悪く、何度か爆撃航程を試みるもうまくいかず、諦めて10時半ごろに小倉を離れました。

その後、10時50分頃に 長崎上空に到着します。 雲量が多いため レーダーを用いた爆撃準備をすすめますが、一瞬雲間から街が見えた瞬間に 手動投下、10時58分に 高度約9000mから「 ファットマン 」が投下されました。

それから約4分後の11時 2分、長崎市松山町の上空約500mで爆発すると、閃光が走り、空は「 きのこ雲 」で覆われます。

原爆の被害

長崎原爆の投下により、当時の長崎の人口の3分の1にあたる 約7万4千人が亡くなり、建物も3分の1以上が全壊または半壊となりました。 なお、被爆した方々など、その後の死亡者を含めると 15万人に上ると言われています。

広島の原爆「 リトルボーイ 」に比べて 1.5倍の威力があるとされていた長崎原爆「 ファットマン 」でしたが、山に囲まれた長崎の地形の関係で 広島ほどの被害の広がりはなかったと言われています。

ただし、山に遮られて被害が遠くまで及ばなかったというだけで、長崎の街中を苦しみと悲しみの底に落とすには十分なものでした。

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「 長崎原爆資料館 」について

長崎原爆資料館は、常設展示として「 4つのゾーン 」に分けて展示をしています。 さまざまな展示物がありますが、その見どころをゾーンごとに見ていきましょう。

長崎原爆資料館
「 長崎原爆資料館 」 入口

A 1945年 8月 9日

原爆投下前の長崎の街や風景などについて、写真を交えて紹介されています。 また、江戸時代には、「 異国の玄関口 」であったり、その長崎に海外の情報や知識を求めて人材が集まったり、さらには「 造船の街 」へと変貌した歴史も紹介されています。

11時 2分で止まったままの「 時計 」の展示もありました。

B 原爆による被害

最初に目に入るのは、原子野と化した長崎の街について、「 給水タンク 」「 火の見やぐら 」「 鉄骨アングル 」などが傾いたり折れたりありえないねじれ方をしている実物や模型です。 また、東洋一の壮大さを誇っていた「 浦上天主堂( うらかみてんしゅどう )」の惨状が紹介されています。

次に、被爆した長崎の街について、以下の要因に分けて詳しく被害を伝えています。
・ 熱 線 … 爆発から数秒間の異常な高熱により、火災や建物の破壊、人体を一瞬で炭化。
・ 爆 風 … 爆心地付近は跡形もなく全てが吹き飛び、人々や建物も飛ばされた。
・ 放射能 … 放射能は人体を貫き細胞を破壊、人体にさまざまな症状を引き起こした。

そのほか、必死の救護活動について、また、自らも被爆しながら 原爆被害の研究や後世に伝えるために執筆した「 永井隆博士 」についても紹介されています。

C 核兵器のない世界

原爆投下への道となった「 日中戦争 」や「 太平洋戦争 」の流れについて書かれています。 そんな中で、1938年にドイツで巨大な「 原子力エネルギー 」を獲得する方法が発見されました。 このエネルギーが 大量の人を殺す兵器として開発された流れについても紹介されています。

第二次世界大戦後は、「 核兵器は人類滅亡をもたらす 」と科学者たちが警告をしますが、各国の核兵器の開発は止まりませんでした。 一方で、核兵器廃絶のために「 核不拡散条約 」が制定されるなど平和への動きは高まっており、一連の流れについての「 パネル展示 」があります。

D ビデオルーム・Q&Aコーナー

ビデオルームでは、『 8月9日長崎 』という若い世代向けの英語字幕付きで 約10分間のアニメーション、『 ながさき原爆の記録 』という「 米軍戦略爆撃調査団 」が撮影した記録を編集した 20分ほどの映画などが上映されています。

「 長崎原爆資料館 」周辺の関連施設など

「 平和祈念像 」

「 平和祈念像 」は、犠牲者の霊魂を慰めるとともに「 世界恒久平和 」への想いの象徴として建設されました。 3.9mの台座の上に、9.7mの像がそびえます。 長崎市の予算に加えて、国内外からの募金により制作されました。

なお、裏面には制作者である彫刻家「 北村西望( きたむらせいぼう )」の言葉として、「 右手は原爆を示し、左手は平和、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る( 抜粋 )」とあります。

平和祈念像
「 平和祈念像 」

「 原子爆弾落下中心地碑 」

長崎市松山町171番地の上空500mで爆発したとされており、その地に爆心地であることを示す「 原子爆弾落下中心地碑 」が建てられました。 爆発時の爆心地の地表の温度は、3000 〜 4000℃ であったと言われています。

「 山王神社 二の鳥居 」

爆心地から約1km離れた「 山王神社 二の鳥居 」は、爆心地側の半分が爆風で飛ばされてしまい、現在も半分だけが「 一本の柱 」で立ち続けています。 そのようすは、上記リンク から見ることができます。

エ ル セ ー ヌ

「 長崎原爆資料館 」の案内

「 長崎原爆資料館 」の入館案内

開館時間

9月 – 4月 : 8:30 – 17:30( 入場は 17:00まで )
5月 – 8月 : 8:30 – 18:30( 入場は 18:00まで )
8月7-9日 : 8:30 – 20:00( 入場は 19:30まで )

* 休館日は、12月29日 – 12月31日。

入館料金

一般 200円、小 中 高校生 100円

「 長崎原爆資料館 」へのアクセス

〒852-8117 長崎県長崎市平野町7番8号

公共交通機関で

長崎電気軌道 / 原爆資料館電停から 徒歩約5分
JR長崎本線 / 浦上駅から 徒歩約12分

路線バス / 浜口町バス停から 徒歩約5分

車で

長崎バイパス / 川平ICから 約8分
長崎自動車道 / 長崎芒塚ICから 約20分

* 併設駐車場は、施設南側から入場できます。
  普通車64台収容、1時間100円( 以降30分ごとに100円 )。 二輪車無料。

地図

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