岐阜城 / 稲葉山城 … 斎藤家から信長へ、標高329mの山城

2022年3月23日

岐阜城

「稲葉山城」は、戦国時代に斎藤道三から子の斎藤龍興が城主となります。その後、美濃の地を支配下に治めた織田信長が「岐阜城」と名を改めて、この地から「天下布武」へと歩み始めました。金華山(旧 稲葉山)の山頂にある絶景の岐阜城について、簡潔にわかりやすく紹介していきます。

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岐阜城 / 稲葉山城 の歴史

まず、岐阜城の歴史を大きく分けると、斎藤氏の稲葉山城時代織田信長の岐阜城時代があります。この二つの時代ごとに振り返ってみましょう。

稲葉山城

稲葉山城の始まり

13世紀に、二階堂行政が稲葉山に「砦」を築いたことが始まりますが、14世紀になると廃城となっています。その後、15世紀の中頃に、美濃守護代の斎藤利永が修復して居城としました。

長井氏の謀反と支配

1525年、斎藤氏の家臣の長井氏が謀反を起こして攻撃すると、稲葉山城は長井氏の支配下となります。やがて、長井規秀は斎藤利政と名乗り守護代になると、稲葉山城の大改修を行いました。

1541年には斎藤利政は守護の土岐頼芸(ときよりのり)と不和となり、1542年には頼芸の「大桑城(おおがじょう)」を攻めて 事実上の美濃の国主となります。そして、1547年に織田信秀の大規模な攻撃に対して籠城戦で守りきると、娘の帰蝶を信秀の子の織田信長に嫁がせて和睦となりました。

こののち利政は隠居し道三と名乗ると、家督をこの義龍に譲ります。しかし、道三と義龍の不和から、義龍は道三の寵愛を受けていた弟たちを殺害、道三に対しても挙兵し「長良川の戦い」にて討ち取りました。このとき、道三方についていた明智光秀らは離散することになります。

岐阜城

斎藤氏の最期

義龍が亡くなり子の龍興(たつおき)が家督を継ぐと、織田信長による攻撃を退けました。しかし、1564年に竹中重治や安藤守就らが造反、稲葉山城に向けて挙兵し 城を占拠することとなります。

徐々に美濃方面に勢力を広げていた織田信長は、ついに 1567年に「稲葉山城の戦い」で龍興を敗走させて、美濃を平定することとなりました。

織田信長の支配と死

その年、信長は小牧山城から「稲葉山城」に本拠地を移転し、町の名前を井の口から「岐阜」に、城を稲葉山城から「岐阜城」に改めます。そして、この頃から「天下布武」の朱印を使うようになるなど、天下統一を目指す動きをすすめていくようになりました。

のちに、信長の嫡子である信忠が岐阜城の城主となりますが、1582年に信長とともに「本能寺の変」で亡くなります。 そうすると、信長の死後の混乱によって 次々に岐阜城の城主は変わり、「関ヶ原の戦い」を迎える頃には 岐阜は織田秀信が領有し岐阜城の城主となっていました。

関ケ原の戦い以降

織田秀信は西軍の石田三成につき、「関ヶ原の戦い」を前に岐阜城に立て籠もりますが、「岐阜城の戦い」にて池田輝政や福島正則らに敗れます。そして、「関ヶ原の戦い」に勝利した徳川家康は、岐阜城を廃城とし、平地に築いた加納城(かのうじょう)に天守や櫓を移築しました。

その後、「天守」はないままで、1910年に模擬天守が再建されるも1943年に焼失します。しかし、1956年には鉄筋コンクリートによる 3層4階の模擬天守が完成しました。

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「 岐阜城 」について

天守

外観

鉄筋コンクリート造りの 3層4階の「天守」になっています。

岐阜城
「 天守 」

内部

1階は「武具の間」、2階「城主の間」、3階「信長公の間」です。さらに、4階は「望楼の間」となっており、眼下に岐阜の街が広がります。以下の写真は、岐阜城からおよそ東北東方向であり、中央に「長良川」、その北側には岐阜メモリアルセンターの「長良川競技場」や「長良川球場」が見えています。

岐阜城
「 天守からの景色 」

被写体としての「 岐阜城 」

岐阜城は、急斜面の山城であり木が生い茂っていることから、近距離での撮影スポットは限られています。写真に収めたい方は、撮れると思ったところでどんどん撮っておくほうがよさそうです。

また、平地から「月」と撮影する「月と岐阜城」も非常に人気があるようです。うまく撮れば岐阜城の背景に大きな月が重なります。事前に月の位置と満ち欠けを調べておく必要がありますが、興味ある方はぜひ挑戦してみられてはいかがでしょうか。

岐阜城資料館

1975年に隅櫓として「岐阜城資料館」が完成しています。当時の「武器庫」や「食料庫」をイメージして城郭造りにて復元されました。 また、岐阜城に関連する資料が多数展示されています。

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「 岐阜城 」の案内

入城案内

開館時間

当面は、9:30 – 17:30 となっています。

3月16日 ~ 5月11日 9:30 – 17:30 
5月12日 ~10月16日   8:30 – 17:30
10月17日 ~ 3月15日 9:30 – 16:30
*元旦のみ6:30-16:30、年中無休

入場料

天守閣と資料館の共通券:大人 200円、小人 100円( 大人は16歳以上 )

*「市内の中学生以下」「家庭の日(毎月第3日曜)の中学生以下と同伴家族」は無料

岐阜城へのアクセス

岐阜市金華山天守閣18 金華山頂

山麓まで:交通機関で

JR岐阜駅 / 名鉄岐阜駅 から バスで約15分

山麓まで:車で

東海北陸自動車道 / 岐阜各務原IC から 約20分
東海北陸自動車道 / 一宮木曽川IC から 約25分

*駐車場は「 岐阜公園堤外駐車場( 1回310円 )」など

山麓から岐阜城まで: ロープウェイ

山頂の岐阜城へは「 金華山ロープウェー 」を使って行きます。
・山麓駅からロープウェイで4分で山頂駅へ
・山頂駅から徒歩約8分で岐阜城へ

ロープウェイの料金は、次の通りです。
 大人(中学生以上):片道 630円、往復 1100円
 小人( 4歳以上 ):片道 300円、往復 550円

登山道を歩いて

登山道は 10のルートがあります。そのうち、代表的な3つを紹介します。詳細は こちら をご覧ください。

・めい想の小径( 水手道 ):距離2.3km、約60分の緩やかなコース。山麓駅発。
・馬の背登山道:距離1.1km、約40分の急勾配。山麓駅発。
・七曲り登山道:距離1.9km、約60分の緩やかなコース。岐阜県歴史資料館発。

地図

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